「深い共感」と「広い共感」を両立させる読書術:物語から学ぶ共感力の多角的養成法
物語読書で共感力の「深さ」と「広さ」を同時に育む視点
共感力は、他者の感情や考え、状況を理解し、共有しようとする心の働きです。この共感力には、特定の個人や状況に対して深く寄り添う「深い共感」と、多様な人々の立場や価値観を広く理解しようとする「広い共感」という二つの側面があると考えられます。対人支援の現場をはじめ、様々な人間関係において、この両面をバランス良く持ち合わせることが重要となります。
物語を読むことは、これらの共感力を育む有効な手段です。物語の登場人物の人生を追体験することで、その人物の内面に深く触れる機会が得られます。同時に、多様な背景を持つ登場人物や異なる文化、価値観が描かれた物語に触れることで、共感の範囲を広げることができます。
この記事では、物語読書を通じて「深い共感」と「広い共感」を同時に育むための具体的な読書法について考えていきます。限られた時間でも読書効果を最大化し、共感力をより体系的に磨きたいとお考えの方にとって、日々の読書に新たな視点をもたらすことができれば幸いです。
「深い共感」を育むための読書アプローチ
特定の登場人物への「深い共感」は、その人物の置かれた状況や感情の機微を丁寧に読み解くことから生まれます。物語を読む際に、以下のような点を意識することで、より深い共感を育むことができるでしょう。
登場人物の「なぜ」を掘り下げる
登場人物が特定の言動をとる背景には、過去の経験、価値観、信念、あるいは抑圧された感情など、様々な要因があります。物語の中で描かれる人物の行動や感情に対して、「なぜだろうか」と立ち止まって考えてみてください。語り手が直接説明しない「行間」に隠された情報、登場人物の過去の描写、周囲の人物との関係性などが、その「なぜ」を読み解くためのヒントになります。
五感や非言語表現に注目する
物語の描写には、登場人物が見聞きし、感じているであろう世界が織り込まれています。情景描写、音、匂い、肌触りなど、五感に訴えかける描写に意識的に注意を払うことで、登場人物が「いま、ここ」でどのように世界を感じているのかを追体験しやすくなります。また、言葉にならないため見過ごされがちな登場人物の表情、仕草、声のトーンといった非言語表現も、その内面を理解する上で重要な手がかりとなります。
自己との比較ではなく「理解」に焦点を当てる
登場人物の経験や感情を自分のそれと比較することも共感を深める一つの方法ですが、安易な自己投影は人物像の歪んだ理解につながる可能性もあります。深い共感を目指す上では、まずその人物が「その人物自身として」何を経験し、どのように感じているのかを理解しようと努めることが大切です。自己の経験はあくまで理解のための補助線として捉え、人物固有の個別性に寄り添う視点を持つことが重要です。
「広い共感」を育むための読書アプローチ
「広い共感」は、自分とは異なる文化、価値観、経験を持つ人々への理解を深めることで育まれます。多様な物語に触れ、多角的な視点を持つことが鍵となります。
異なるジャンルや文化圏の物語を選ぶ
普段読まないジャンルや、自分とは異なる文化圏や歴史的背景を持つ物語に意識的に挑戦してみてください。ファンタジーやSFであれば全く異なる社会構造や価値観に、歴史小説であれば過去の人々の考え方や生活に触れることができます。これにより、自身の知らなかった人間の営みや思考様式に触れ、共感の対象を広げることができます。
複数の登場人物の視点を比較する
一つの物語の中にも、多様な登場人物が存在します。主要人物だけでなく、脇役や対立する人物の視点からも物語を読み解こうと試みてください。同じ出来事でも、それぞれの人物がどのように受け止め、どのように感じているのかを比較することで、一つの真実だけではなく、多様な「真実」が存在することを理解できます。これは、現実世界で多様な立場の人々の声に耳を傾けるための基礎となります。
物語の背景にある社会や文化を調べる
物語が書かれた時代背景や文化、あるいは物語の中に登場する特定の社会構造や習慣について、少し調べてみることも広い共感を育む助けになります。登場人物の言動が、その社会や文化の中でどのような意味を持つのかを理解することで、表層的な共感に留まらず、その人物が置かれた文脈を含めた包括的な理解が可能になります。
「深い共感」と「広い共感」を両立させる実践
これら「深い共感」と「広い共感」は、別々に育むだけでなく、一つの読書体験の中で両立させることができます。
物語全体を見渡しつつ、特定人物に焦点を当てる
まず物語全体を読み、登場人物や出来事、世界観の多様性を広く把握します。その上で、特に心惹かれた人物や、理解に時間がかかりそうな人物に焦点を当て、その人物の内面を深く掘り下げて読み返します。深い共感を試みた後、再び物語全体に視点を戻し、その人物が多様な登場人物や社会の中でどのような位置づけにあるのかを改めて理解することで、深さと広さの両面から共感を深めることができます。
読書ノートを活用する
読書ノートは、共感の両側面を整理し、定着させるための有効なツールです。例えば、ノートの左ページに特定の登場人物の深掘り(言動の理由、感情の機微、過去の経験など)を、右ページに物語に登場する多様な人物のリストや、異なる視点、文化的な気づきなどを記録します。これにより、個別人物への深い理解と、多様性への広い視野を同時に「見える化」し、振り返ることができます。
内省の時間を設ける
読後には、静かに内省する時間を設けてください。どの登場人物に深く共感したか、それはなぜか。どのような人物に共感しにくかったか、それはなぜか。物語で触れた多様な価値観や生き方について、自分自身の考えとの間にどのような違いや共通点があったか。これらの問いについて考えることで、読書で得た共感の体験が、自己理解と他者理解の両方に繋がり、共感力の深化と拡大に繋がります。
読書で培う共感力を現実の力に
物語読書を通じて「深い共感」と「広い共感」を意識的に育むことは、現実世界における他者との関わりにおいて、より豊かで建設的な関係性を築くための土台となります。目の前の個人の声に深く耳を傾けつつ、その人が属する集団や文化、背景にある多様な要因にも想像を巡らせる力は、複雑な現実世界を理解し、より良い支援やコミュニケーションを行う上で欠かせないものです。
日々の読書に、これらの視点を取り入れてみてください。物語の世界への没入を楽しみながら、共感力を多角的に磨くことができるはずです。