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共感力の種類を知る読書術:物語が育む認知と情動のバランス

Tags: 共感力, 読書術, 認知共感, 情動共感, バランス

共感力の多様な側面を理解する

共感力は、他者の感情や状況を理解し、共有する能力であり、私たちの社会生活や対人関係において非常に重要な役割を果たします。特に他者への支援を必要とする場面においては、この共感力が不可欠であることは言うまでもありません。しかし、一口に共感と言っても、そこにはいくつかの異なる側面が存在します。これらの多様な側面を理解することは、自身の共感力をより深く磨き、状況に応じて適切に使い分けるための第一歩となります。そして、物語を読むという行為は、これらの共感の異なる側面を同時に、あるいは個別に刺激し、バランスの取れた共感力を育むための有効な手段となり得るのです。

共感の主な種類:認知と情動

共感は主に、認知共感(Cognitive Empathy)情動共感(Affective Empathy)の二つに大別されることが一般的です。

これらの二つの共感は互いに補完し合いますが、そのバランスが重要です。認知共感が強すぎると、他者の感情を理解できても、感情的な繋がりを感じにくいかもしれません。逆に情動共感が強すぎると、相手の感情に深く同調しすぎてしまい、自身の感情が不安定になったり、「共感疲労」に陥りやすくなったりする可能性があります。状況に応じてこれらを適切に使い分ける、あるいは統合することが、質の高い共感的な関わりには求められます。

物語が認知共感を育むプロセス

物語は、登場人物の思考、信念、動機、そしてそれらが彼らの行動や選択にどう繋がるのかを描写します。読者は物語を読み進める中で、登場人物の立場に立ち、なぜ彼らがそのような考えに至ったのか、あるいはなぜそのような行動をとったのかを推測しようとします。

例えば、ある登場人物が困難な決断を迫られる場面を読んでみましょう。なぜ彼はその選択をしたのか、その背景にはどのような価値観や過去の経験があるのか。物語の中に散りばめられたヒントを手がかりに、読者は論理的に思考を巡らせます。登場人物のモノローグや他の人物との対話、物語の語り手が提供する情報などを注意深く追うことは、まさに他者の思考プロセスや視点を理解しようとする認知共感の訓練となります。

物語の構造や語りの視点に注目する読書術も、認知共感を深めます。一人称視点の物語であればその人物の主観的な世界を深く理解できますし、三人称多視点であれば、同じ出来事に対する異なる登場人物の解釈や思考の違いを比較検討できます。これにより、「人は同じ状況でも異なった考え方をする」という認知的な理解が深まります。

物語が情動共感を育むプロセス

物語はまた、登場人物の感情を豊かに描写します。喜び、悲しみ、怒り、不安、希望といった様々な感情が、具体的な出来事や内面描写を通して描かれます。読者は、登場人物の感情的な起伏を追体験し、彼らの喜びや悲しみに心を震わせます。

登場人物が感じているであろう感情を想像し、自身の内面と照らし合わせることは、情動共感を活性化させます。物語の中での情景描写、比喩や象徴的な表現、あるいは言葉にならない沈黙や微細な仕草といった「行間」を読む技術は、登場人物の言葉の裏にある感情、表に出ない心の機微に寄り添う情動共感の力を養います。

特に、自身が経験したことのない状況や感情に置かれた登場人物の物語を読むことは、感情的な体験の幅を広げ、多様な情動への共感力を高めます。彼らが感じる痛みや喜びを追体験することで、現実世界で出会う人々の様々な感情にもより深く寄り添えるようになる可能性があります。

認知と情動のバランスを養う読書術

質の高い共感的な関わりには、認知共感による冷静な理解と、情動共感による温かい寄り添いの両方が必要です。物語は、この二つの共感の側面を同時に刺激し、バランス感覚を養う絶好の機会を提供します。

物語を読む際には、単に登場人物の感情に浸るだけでなく、「なぜ彼は今このような感情を抱いているのだろうか」「この感情の背景には何があるのだろうか」と、一歩引いてその理由や背景を理性的に分析しようと試みることです。逆に、論理的に物語を追うだけでなく、登場人物の感情描写に意識的に注意を向け、自分自身の感情がどう動くかを観察することも大切です。

また、物語の中での対立や倫理的なジレンマを描いた場面は、認知共感と情動共感のバランスを問う良い題材となります。登場人物それぞれの立場や感情に寄り添いながらも、なぜ彼らが対立するのか、それぞれの主張の根拠は何かを冷静に理解しようとすることで、多角的な視点と感情的な理解を統合する力が養われます。

読書後に、物語の中で自分がどのような場面で強く共感し、それは認知的な理解から来たものなのか、それとも感情的な同調から来たものなのかを振り返ることも有効です。「あの登場人物の行動には共感できたが、その感情にはあまり寄り添えなかった」「感情的には深く同調したが、なぜそのような状況になったのかはよく理解できていない」といった自己分析は、自身の共感の傾向を知り、意図的にバランスを調整するためのヒントとなります。

まとめ:物語を通じたバランスの取れた共感力へ

共感力は単一の能力ではなく、認知的な理解と情動的な共有という複数の側面から成り立っています。物語を読むことは、これらの共感の側面を同時に、あるいはそれぞれに働きかけるユニークな体験です。登場人物の思考や背景を読み解くことは認知共感を、彼らの感情を追体験することは情動共感を育みます。

意識的に物語の異なる側面に注目し、読書体験を内省することで、自身の共感力のバランスを理解し、より豊かでしなやかな共感力を養うことができるでしょう。限られた時間の中でも、物語の中に隠された共感の多様な側面を意識することで、読書は自己成長のための貴重な時間となります。物語の世界への探求が、あなたの共感力をさらに深め、現実世界でのより良い関わりへと繋がることを願っています。