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物語の非言語表現に寄り添う読書術:言葉にならない感情への共感力を養う

Tags: 共感力, 読書術, 非言語コミュニケーション, 感情理解, 物語

はじめに

読書は、物語を通して多様な人生や価値観に触れ、私たちの共感力を育む貴重な機会を提供してくれます。登場人物の言葉や行動からその内面を推測し、感情を共有しようと努めることは、共感的な理解を深める上で非常に有効です。しかし、人間のコミュニケーションは言葉だけではありません。表情、仕草、声のトーン、視線、そして「間」など、言葉にならない非言語的な要素も、感情や状況を伝える上で重要な役割を果たしています。

対人支援の現場をはじめ、私たちの日常生活においても、相手の言葉の背後にある非言語的なサインを読み解き、寄り添う姿勢は、より深い共感を育む上で不可欠です。物語を読む際も、登場人物の非言語表現に意識的に目を向けることで、言葉だけでは捉えきれない心の機微や置かれた状況への理解が深まり、共感力をさらに豊かにすることができます。

この記事では、物語における非言語表現に注目し、それをどのように読み解くことで共感力を養うことができるのか、具体的な視点と方法について考えていきます。

物語における非言語表現の重要性

物語において、作者は登場人物の感情や状況を描写するために、言葉だけでなく様々な手法を用います。その中でも、非言語表現の描写は、登場人物の真の感情や、言葉にできない葛藤、置かれている困難な状況などを効果的に伝える手段となります。

例えば、「大丈夫です」という言葉も、力なくうつむきながら発せられるのか、それとも強い視線と共に発せられるのかで、その意味合いは全く異なります。物語では、「彼は『大丈夫です』と言い、視線を伏せた」のように、言葉と同時に非言語的な情報が付随して描かれることがあります。このような描写は、登場人物が本心を隠している、あるいは言葉にならない複雑な感情を抱えていることを示唆しています。

非言語表現に注目することで、私たちは物語の世界をより深く、立体的に捉えることができます。そして、それは登場人物の「人間らしさ」や「弱さ」、あるいは「強さ」に触れ、より深いレベルで共感する手がかりとなります。

物語の非言語表現を読み解く視点

物語の中で非言語表現を意識的に読み解くためには、いくつかの視点を持つことが有効です。

1. 言葉と非言語表現の「ずれ」に注目する

登場人物の言葉と、それと同時に描かれる非言語表現が矛盾している箇所を探します。例えば、感謝の言葉を述べているのに、表情が強張っている、といった描写です。このようなずれは、その人物が抱える内面的な葛藤や、周囲には見せたくない感情を示している可能性があります。なぜ言葉と非言語表現がずれているのか、その背景にある登場人物の感情や状況について想像を巡らせます。

2. 行動や仕草の描写に立ち止まる

物語の地の文で描かれる登場人物の具体的な行動や仕草に意識的に立ち止まります。「指先を弄ぶ」「唇を噛む」「何度も瞬きをする」といった些細な描写も、不安、緊張、困惑といった言葉にならない感情の表れかもしれません。そうした仕草がどのような状況で現れるのか、その人物の習慣的なものなのか、それとも特定の出来事によって引き起こされたものなのかを考えます。

3. 声のトーンや話し方の描写から感情を推測する

「震える声」「かすれた声」「早口でまくしたてる」「ゆっくりと区切って話す」といった描写は、言葉自体が同じであっても、その時の登場人物の感情を色濃く反映しています。こうした描写から、怒り、悲しみ、動揺、決意といった、言葉だけでは分からない感情のニュアンスを読み取ります。

4. 「間」や「沈黙」が持つ意味を考える

対話の中の不自然な「間」や、特定の問いかけに対する「沈黙」は、多くの場合、言葉以上に多くのことを語っています。何を言うべきか迷っているのか、言いたくないことがあるのか、あるいは言葉にならないほど感情が揺れ動いているのか。その「間」や「沈黙」の前後にある言葉や状況と合わせて考えることで、登場人物の内面に深く迫ることができます。

5. 五感に関連する描写を非言語的な情報として捉える

登場人物が見たもの、聞いた音、触れたもの、嗅いだ匂い、味わったものに対する反応として描かれる描写も、間接的な非言語表現と捉えることができます。例えば、「冷たい風に肌が粟立った」という描写は、物理的な感覚だけでなく、不安や予感といった感情を示唆している場合があります。

読み解いた非言語表現から共感を深めるプロセス

物語の中で非言語表現を読み解いたら、次にその情報を使ってどのように共感力を深めるかを考えます。

  1. 描写された非言語表現を具体的にイメージする: 文章から読み取った非言語的なサインを、頭の中で鮮明にイメージします。登場人物がどのような表情をしているか、どのような姿勢でいるか、どのような声色かなどを具体的に思い描くことで、よりその人物を身近に感じることができます。
  2. その非言語表現が生まれた「理由」を推測する: なぜその人物はその時、その非言語表現を示したのか、その背後にある感情や思考、状況を深く考えます。表面的な言葉や行動だけでなく、言葉にならない部分にこそ本質があると考え、丁寧に推測します。
  3. 自分の経験や感情と重ね合わせる(ただし、安易な決めつけは避ける): 自分自身や、これまで出会った人が似たような非言語表現を示した時の状況や感情を思い起こします。ただし、物語の登場人物は架空の存在であり、自分とは異なる背景を持っています。自分の経験を参考にしつつも、「きっとこうに違いない」と安易に決めつけず、多様な可能性を考慮することが重要です。
  4. 言葉にならない感情や意図への共感を意識する: 読み解いた非言語表現から推測される、言葉にされなかった感情や意図に対して、意識的に共感しようと試みます。言葉にできない辛さ、あるいは敢えて言葉にしない優しさなど、非言語的な部分にこそその人物の深い内面が隠されていることがあります。

読書で培った視点を現実の対人関係に活かす

物語の非言語表現を読み解く習慣は、現実の対人関係においても非常に役立ちます。相手の言葉だけでなく、表情、仕草、声のトーンなどに意識的に注意を向けることで、相手が本当に伝えたいことや、言葉にできない感情に気づきやすくなります。

もちろん、現実の非言語コミュニケーションはさらに複雑であり、物語のように明確な描写があるわけではありません。しかし、物語を通じて「言葉にならないサインに注目する」「そのサインの背後にある感情や状況を想像する」「言葉と非言語表現のずれに気づく」といった視点を養うことは、相手への共感的な理解を深めるための基礎訓練となります。

読書で培った非言語表現への感度を活かし、現実のコミュニケーションにおいて相手の発する様々なサインに寄り添うことで、より信頼関係を築き、深いレベルでの相互理解に繋がっていくでしょう。

まとめ

物語の登場人物への共感を深めるためには、言葉だけでなく、非言語表現に意識的に注目することが有効です。表情、仕草、声のトーン、そして「間」などが語る、言葉にならない感情や状況を読み解くことで、登場人物の内面に深く寄り添うことができます。

物語を通して非言語表現を読み解く視点を養うことは、読書体験をより豊かなものにするだけでなく、現実の対人関係における共感力や傾聴力の向上にも繋がります。次に物語を読む際は、登場人物の言葉の「その先」にある非言語的なサインに耳を澄ませてみてください。きっと、新たな発見と、より深い共感の体験が待っているはずです。