物語で自己と他者の「違い」に気づく読書法:多様な価値観への共感を深める
共感力を養う読書は、物語の登場人物に感情移入し、「同じ」気持ちや経験を共有する側面が注目されがちです。もちろん、これは共感の重要な出発点です。しかし、共感の力を真に深め、多様な他者との関わりに活かすためには、「同じ」を見つけることだけでなく、「違い」に気づき、それを理解しようと努める視点が欠かせません。
私たちはそれぞれ異なる背景、価値観、経験を持っています。現実世界では、自分とは異なる考えや行動に直面したとき、戸惑ったり、無意識のうちに距離を取ってしまったりすることがあります。これは、自己の枠組みから外れる「違い」への理解や受容が難しい場合があるからです。
物語は、この「違い」と向き合うための豊かな機会を提供してくれます。
物語が「違い」の理解に役立つ理由
物語には、私たち自身の日常とはかけ離れた環境で生き、想像もしないような価値観を持つ登場人物たちが登場します。彼らの人生や選択を通して、私たちは様々な「違い」に触れることになります。
- 多様な人生への窓: 物語は、異なる文化、時代、社会背景、あるいは全く異なる価値観を持つ人々の視点を提供します。
- 安全な距離での体験: 現実世界で「違い」に直面すると、感情的な反応が先立つこともあります。しかし、物語の中であれば、安全な距離を保ちながら、冷静に登場人物の思考や感情、行動を観察し、理解しようと試みることができます。
- 多角的な視点の提示: 物語は、単一の価値観だけでなく、複数の登場人物の視点や、それらが相互に影響し合う様子を描き出します。これにより、「違い」がどのように生まれ、どのような意味を持つのかを多角的に捉える手がかりが得られます。
物語を通して「違い」に触れることは、私たちの視野を広げ、自己の価値観を相対化し、多様な他者への共感の扉を開くことにつながります。
物語で自己と他者の「違い」に気づく読書法の実践
共感力を深めるために、物語に登場する「違い」に意識的に焦点を当ててみましょう。以下にその実践的なステップを提案します。
ステップ1:登場人物への共感と違和感に意識を向ける
物語を読みながら、登場人物の行動や考え方、感情に対して、自分がどのように感じているか注意深く観察します。 * 「この人物の気持ちはよくわかる」と共感できる点はどこでしょうか。 * 「なぜ、こんなことをするのだろう」「自分なら絶対にこうは考えない」と違和感や反発を感じる点はどこでしょうか。
まずは、共感できる部分とそうでない部分を正直に感じ取ることが重要です。
ステップ2:「違い」が生まれる背景を探る
共感できないと感じた「違い」について、その原因を物語の中から探ります。 * その登場人物はどのような環境で育ったのでしょうか。 * どのような経験をしてきたのでしょうか。 * 彼/彼女が属する社会や文化にはどのような特徴があるのでしょうか。 * 物語の時代の価値観はどのようなものでしょうか。
登場人物の言動の背景にあるものを理解しようと努めることで、「違い」は単なる「自分と違うもの」から、「異なる背景から生まれたもの」へと捉え方が変わってきます。物語中に直接描かれていない場合でも、示唆されている情報や、一般的な知識を活用して想像を巡らせてみましょう。
ステップ3:「違い」が生み出す論理や感情を理解しようと試みる
背景を理解した上で、その「違い」が生み出す登場人物の思考や感情、行動には、どのような論理や必然性があるのかを理解しようと試みます。 * 彼/彼女にとって、その行動はどのような意味を持つのでしょうか。 * どのような感情がその根底にあるのでしょうか。 * 彼/彼女の世界では、その考え方が「正しい」とされているのでしょうか。
自分の価値観とは異なっていても、その人物なりの理由や感情があることを想像力を働かせて受け止めます。必ずしもその価値観に同意する必要はありません。しかし、「なぜそうなのか」を理解しようとすることは、他者への深い共感の第一歩となります。
ステップ4:その「違い」から自己の内面を見る
登場人物の「違い」に触れることで、自分がなぜそれに違和感や反発を感じるのかを内省します。 * 自分が当然だと思っている価値観は何でしょうか。 * 無意識のうちに持っている偏見や固定観念はないでしょうか。 * どのような経験や考え方が、自分の価値観を形成したのでしょうか。
他者の「違い」は、自己の無自覚な部分に気づくための鏡となります。自分の反応を分析することで、自己理解を深めることができます。
ステップ5:「違い」を受け入れ、共感の範囲を広げる
物語を通して気づいた「違い」を、否定したり排除したりするのではなく、多様な人間性の一つの表現として受け止める練習をします。 * 自分とは異なる価値観や生き方があり得ることを認識します。 * 「違うこと」自体を肯定的に捉え、そこにどのような学びがあるかを探します。
このプロセスを経ることで、共感の対象は「自分と似ている人」だけでなく、「自分とは違う人」にも広がっていきます。
読書体験を定着させるための工夫
この読書法をより効果的なものにするために、読書ノートを活用することをお勧めします。
- 物語のタイトル、著者
- 共感できた登場人物と、その理由
- 共感できなかった登場人物、または違和感を感じた言動
- その「違い」が生じる背景として考えられること(物語からの引用や推測)
- その「違い」から、自分自身の価値観や無自覚な偏見について気づいたこと
- この読書体験から得られた、多様な他者への理解や関わり方に関する示唆
このように記録することで、読書体験が単なる物語の消費に終わらず、自己と他者の「違い」について体系的に学び、それを共感力の向上に繋げるための貴重なデータとなります。
まとめ
物語は、私たちの日常にはない多様な「違い」の世界へ私たちを誘います。登場人物への共感を通して、「同じ」部分を見出すだけでなく、意図的に「違い」に気づき、その背景を理解し、そこから自己を内省する。この読書法を実践することで、多様な価値観を持つ他者への共感を深め、支援者としてより幅広い人々に関わるための視野を培うことができるでしょう。限られた時間でも、一冊の物語に深く向き合うことで、このような多層的な学びを得ることが可能です。ぜひ、次の読書から、この「違い」に気づく視点を取り入れてみてください。物語は、あなたの中にある共感の可能性をさらに引き出してくれるはずです。