物語の「視点」に着目する読書法:登場人物への深い共感を育む実践
物語の「視点」に着目する読書で、共感力を深める
読書は、私たちの視野を広げ、多様な人生や価値観に触れる貴重な機会を提供してくれます。特に物語文学は、登場人物の経験を追体験することで、他者への理解や共感力を育む力を持っています。本サイトでは、読書を通じて共感力を養う方法について様々な角度から探求していますが、今回は「物語の視点」に着目した読書法をご紹介します。
物語における「視点」とは、簡単に言えば「誰の目を通して、どのような形で物語が語られるか」ということです。この視点が、読者が登場人物や出来事をどう捉え、どのように感情移入するかに、想像以上に大きな影響を与えています。意識的に視点に着目することで、物語の理解が深まるだけでなく、登場人物への共感がより多角的かつ深みのあるものへと変化していくでしょう。
物語における「視点」の種類とその影響
物語の視点には、いくつかの典型的なパターンがあります。それぞれの視点が、読者の共感にどのように作用するのかを見ていきましょう。
一人称視点
物語の登場人物の一人が「私」として語り手となる視点です。読者は語り手である登場人物の目を通して世界を見、その人物の感情や思考を直接的に知ることができます。
- 共感への影響: 語り手の内面に深く入り込みやすく、その人物の喜びや苦しみを強く追体験しやすい視点です。限定された視野から語られるため、読者は語り手の感じたこと、知っていることだけを知ることになります。これにより、読者は語り手と同じ情報制限の中で状況を判断することになり、その人物の体験に非常に近い形で寄り添うことができます。一方で、語り手の主観や偏見が色濃く反映されるため、それが全てではないという批判的な視点も養う必要があります。
三人称限定視点
語り手は物語の中に登場しない「彼」「彼女」「彼ら」といった三人称を用いますが、特定の登場人物の一人に焦点を当て、その人物が見聞きし、感じたこと、考えたことだけを描写します。読者はその人物の心境を知ることができますが、物語全体の状況や他の登場人物の内面全てを知るわけではありません。
- 共感への影響: 一人称視点ほど語り手と一体化することはありませんが、焦点を当てられた登場人物の内面に寄り込み、その人物の立場や感情を理解しやすくなります。一人称視点よりもやや客観的な視点が含まれることもあり、その人物を取り巻く状況をもう少し広い視野で捉えることができる場合もあります。
三人称全知視点
語り手は物語の中に登場しない三人称を用い、登場人物の誰の目を通して、どのような形で物語が語られるか」ということです。全ての登場人物の心境、過去、未来、物語世界のあらゆる場所で起こっている出来事を知っており、それを自由に語ることができます。
- 共感への影響: 物語世界の全体像や複数の登場人物の関連性、それぞれの内面を俯瞰的に理解するのに適しています。個々の登場人物の内面に深く入り込むというよりは、それぞれの立場の違いや、全体の状況におけるそれぞれの役割を理解することを通じて、より包括的な共感を育むことができます。複数の登場人物の視点を切り替えながら語られることで、一つの出来事に対する多様な感じ方や考え方があることを学ぶことができます。
共感力を養う「視点に着目する読書法」の実践
物語の視点が共感に影響を与えることを理解した上で、実際に読書で共感力を磨くための具体的なステップをご紹介します。
Step 1: 誰の視点で語られているか、その視点の特性は何かを意識する
物語を読み始める際に、まず「これは誰の視点で語られているのだろうか?」と意識してみてください。一人称であれば「私」が誰か、三人称であれば誰に焦点を当てているのか、それとも語り手が全てを知っている全知視点なのかを確認します。そして、その視点からどのような情報が得られ、どのような情報が隠されているのか、その視点が持つ特性(主観性、限定性など)を考えながら読み進めます。
Step 2: その視点から「見えないもの」を想像する
特に一人称視点や三人称限定視点の物語では、語り手や焦点を当てられた人物が見聞きし、理解している情報には限りがあります。その視点からは直接的に語られていない他の登場人物の真意、その場の空気感、あるいはその人物自身が気づいていない状況などを意識的に想像してみてください。これは、表面的な言葉だけでなく、その背景にあるものや、他者がどのように感じているかを推測する力を養う訓練になります。物語の「行間を読む」とは、このような想像力も含まれます。
Step 3: 同じ出来事を「別の登場人物の視点」で想像する
物語の中に複数の登場人物が登場する場合、ある出来事が起きた時に、「もしこの出来事が別の人物の視点から語られたら、どのように描写されるだろうか?」と考えてみます。その人物は同じ出来事をどう感じ、どう考え、何に気づき、何に気づかないだろうか。このように複数の視点から一つの出来事を捉え直すことで、物事には多様な側面があり、他者それぞれの感じ方や考え方が存在することをより深く理解できます。全知視点の物語では、語り手が意図的に複数の登場人物の視点を示してくれることがありますが、限定された視点の物語でも意識的な想像によってこれを実践できます。
Step 4: 語り手の「信頼性」を検討する
一人称視点の語り手や、三人称限定視点で焦点を当てられた人物が、必ずしも客観的に、正直に、あるいは全てを正しく理解した上で語っているとは限りません。語り手の感情の状態、立場、置かれている状況、あるいは意図によって、語られる事実は歪められたり、都合の良い部分だけが強調されたりする可能性があります。語り手の背景や言動を手がかりに、その語りがどの程度信頼できるのかを検討することは、表面的な情報に惑わされず、物事の本質や他者の真意を読み解く力を養うことに繋がります。
視点に着目する読書法のメリット
この「視点に着目する読書法」を実践することで、以下のようなメリットが期待できます。
- 登場人物への深い理解と共感: 単にストーリーを追うだけでなく、なぜその人物はそのように感じ、行動するのか、その背景にある心境や置かれた状況を多角的に捉えることができるようになります。
- 多様な価値観の受容: 一つの出来事に対する複数の視点や解釈があることを理解し、自分自身の固定観念にとらわれず、他者の異なる感じ方や考え方を受け入れる柔軟性が高まります。
- 非言語的な情報の察知: 語り手の視点から直接的に語られない「見えないもの」を想像する訓練は、現実世界における言葉にならないメッセージや、状況から推測できる他者の心境を察する力に繋がります。
- 批判的思考力の向上: 語り手の信頼性を検討する過程は、提示された情報を鵜呑みにせず、その背景や意図を読み解こうとする批判的思考力を養います。
結論:物語の視点を通じて、共感のレンズを磨く
物語の「視点」は、単なる物語の語り方に関する技術的な要素ではありません。それは、私たちが物語世界の登場人物たちとどのように出会い、彼らの世界をどのように体験するかに深く関わる、共感を育むための重要な装置です。
意識的に物語の視点に着目し、「誰が、何を見て、何を語っているのか」「そこから何が見えず、何を想像できるのか」といった問いを自分自身に投げかけながら読むことで、読書体験はより能動的で深みのあるものへと変わります。そして、物語の中で他者の多様な視点や内面に触れる経験は、現実世界で私たちが出会う様々な人々への理解と共感を深めるための確かな一歩となるでしょう。ぜひ、日々の読書に「視点への意識」を取り入れてみてください。