時間の流れに寄り添う読書術:物語が育む「変化への共感力」
読書が私たちの共感力を養う上で有効な手段であることは広く知られています。特に物語は、他者の人生の一端を追体験することで、多様な感情や思考に触れる機会を提供してくれます。共感力と一口に言っても、様々な側面がありますが、今回は「時間」と「変化」に着目し、物語がどのように私たちの「変化への共感力」を育むのか、そしてそれを現実世界で活かすための読書術を考察します。
対人支援の現場を含め、私たちの日常は絶えず変化の中にあります。個人の内面の変化、置かれている状況の変化、人間関係の変化など、移ろいゆく事象への理解と、それに対する共感が求められる場面は少なくありません。物語を読むことは、この「変化」という普遍的なテーマと向き合い、登場人物の変化の過程や、変化の中で揺れ動く心に寄り添う絶好の機会となります。
物語の時間経過に「意識を向ける」読書
物語は常に何らかの時間軸の中で展開します。その時間の流れ方は、物語によって様々です。数ページで何年も経過することもあれば、一瞬の出来事が詳しく描かれることもあります。この「時間経過」の描写に意識を向けることで、共感の深さは大きく変わります。
例えば、「数年後」と記された後に登場人物が再登場したとき、その間に彼/彼女に何があったのかを想像してみることから始められます。語られていない空白の時間こそ、登場人物が様々な経験を経て変化したであろう時間です。行間に隠された時間の流れを意識することで、提示された変化が、どのような積み重ねの上に成り立っているのか、より深く推測することができます。
また、物語によっては、時間の流れが遅く感じられたり、逆に非常に速く感じられたりすることがあります。これは、登場人物の心理状態を反映している場合が多くあります。緊張や苦痛の時間が長く感じられたり、楽しい時間が一瞬で過ぎ去ったり。物語で描かれる主観的な時間感覚に着目し、「なぜこの登場人物は今、このように時間を捉えているのだろうか」と問いかけてみることで、その人物の置かれた状況や内面に寄り添うことができます。
登場人物の「変化の過程」に共感する
物語の多くは、登場人物が何らかの変化を遂げるプロセスを描いています。それは、困難を乗り越えて成長するポジティブな変化かもしれませんし、挫折や喪失によるネガティブな変化、あるいは意図せず巻き込まれる変化かもしれません。これらの変化そのものだけでなく、変化に至る「過程」に焦点を当てて読むことが、変化への共感力を養う鍵となります。
登場人物が変化に直面したとき、彼/彼女はどのような感情を抱き、どのように考え、どのような選択をするでしょうか。抵抗、困惑、希望、諦め、怒り、悲しみなど、様々な感情が入り混じるかもしれません。物語の中で描かれる行動や思考、対話などを丁寧に追うことで、変化の過程で揺れ動く登場人物の心の機微に触れることができます。
特に、変化を恐れる気持ち、過去への執着、未来への不安といった、変化に抵抗する心理は、私たちの現実世界でも多くの人が経験するものです。物語の中で、登場人物がそれらの感情とどのように向き合い、あるいは向き合えずにいるのかを読み解くことは、変化に苦しむ他者への深い共感を可能にします。彼/彼女がなぜその選択をしたのか、その行動の背景にある感情や思考は何なのかを掘り下げることで、表面的な変化の受容にとどまらない、根源的な部分への共感が生まれます。
また、一人の登場人物だけでなく、複数の登場人物が時間の流れの中でどのように相互作用し、互いに影響を与え合って変化していくのかに着目するのも有効です。関係性の変化は、共感の対象をより複雑で現実に近いものにしてくれます。
物語を通して「変化への共感」を現実世界へ活かす
物語で培った「変化への共感力」は、現実の人間関係や支援活動において重要な示唆を与えてくれます。
まず、相手が直面している変化や、変化の過程で抱える複雑な感情に対し、より繊細に気づき、寄り添うことができるようになるでしょう。物語で登場人物の言葉にならない心の声や、些細な変化の兆候を読み取る練習を積むことは、現実世界で相手の状況や気持ちを深く理解しようとする姿勢に繋がります。
次に、変化を恐れたり、受け入れられなかったりする他者に対して、一方的に「変わるべきだ」と促すのではなく、その抵抗や葛藤の背景にある感情や理由を理解しようとする姿勢が養われます。物語の中で、登場人物が様々な理由から変化を拒んだり、あるいは変化を強いられたりする様子を見ることで、変化に伴う痛みや困難への想像力が深まります。
さらに、時間の感覚の違いへの共感は、相手のペースに寄り添う上で役立ちます。人が何かを理解し、受け入れ、行動に移すまでにかかる時間は人それぞれです。物語で登場人物たちの多様な時間感覚に触れることで、焦らず、相手の「今」いる時間の中に寄り添うことの大切さを再認識できるでしょう。
変化する世界と自己への共感
物語は他者への共感だけでなく、私たち自身の内面の変化や、人生の時間の流れと向き合うきっかけも与えてくれます。物語の登場人物の変化を通して、自分自身の過去の変化、現在の状況、そして未来への展望について内省を深めることも可能です。変わりゆく自己への共感は、他者への共感の基盤ともなり得ます。
時間の流れに寄り添い、変化する登場人物の心に触れる読書は、私たちの共感力をより豊かで、多層的なものにしてくれます。物語の世界で育まれた変化への共感力が、現実世界での他者との関わりをより深く、より温かいものにしていくことを願っています。